自分じゃとても言葉にできないアメフト男子生徒に頼まれて、ラブレターを代筆することになったエリー。とても成績優秀で、他の生徒の宿題などの代筆をして小遣いをかせいでいます。でも、どうも学校では友だちもできず、キラキラと輝く周りの生徒たちにも馴染めません。家に帰れば妻の死から立ち直れない父との二人暮らしで、笑うこともない毎日です。そんな彼女がどうも気になる女生徒は、なんとアメフト男子生徒も恋しているラブレターの相手でした…。
製作国:アメリカ
公開:2020年5月 Netflix
監督: アリス・ウー
キャスト:リア・ルイス、ダニエル・ディーマー、アレクシス・レミール
シラノ・ド・ベルジュラックの現代高校生バージョン
Netflixの映画「Half of it」(=面白いのはこれから)。
この映画を観て最初に思い出したのはもちろん19世紀後半に書かれた「シラノ・ド・ベルジュラック」だ。劇作家エドモン・ロスタンの名戯曲だが、もちろん今の高校生たちには名前だけかろうじて耳にしたことがあるくらいだろう。
オリジナルの「シラノ・ド・ベルジュラック」では、2人の男性が同じ女性に恋をしてしまう。巨大な鼻を持つ白のは潔く身を引き、ライバルの男性の恋を実らせようと助ける話だ。悲劇的な結末だが、現代高校生バージョンは少々違った趣きだ。
シラノのように最初に恋に落ちるのは中国系アメリカ人の17歳の少女エリー・チュウ(リア・ルイス)。そして、ロクサーヌはここではアスター・フローレス(アレクシス・レマイア)という転校生の少女だ。
そして、口ベタでしかもその思いを手紙に書くことさえできないアメフト選手のポール・マンスキー(ダニエル・ディーマー)もアスターに恋していることを知り、エリーは彼女に出すラブレターを代筆することを引き受ける。
どう考えてもマッチしないエリーとポールの友情が新鮮で単純で美しい
この映画で面白いのはエリーとポールのアスターへの恋心という「シラノ」的な題材ではなく、実はエリーとポールの「どう考えてもマッチしない友情」にあると言っても過言ではない。
エリーはクラスでも友だちのいないオタク少女で、小遣いかせぎのためにクラスメートの宿題論文を引き受けている。かたや、ポールはアメフト選手としてや有能かもしれないが、その思いを読める文章にさえできない少々頭の悪い少年だ。だから、エリーに50ドルも支払ってアスターへのラブレターを書いてもらうことにしたのだから。
こんなあまりにも違いすぎるふたりが「アスターへのラブレター」という目的のためだけに友情を結ぶなど、普通ならありえない。ところが、ありえないだろうと思いながらも、この魅力的なふたりの関係にどんどんと引き込まれてしまう。どこからどう見ても違うふたりは、人種、才能、性格、ジェンダー全てにおいて全く違った世界に属しているけれど、ひとつの目的に向かって協力し合いながら徐々に相手に対する感情を変化させていく。
それは恋ではない。恋だと錯覚する場面もあるが、この二人の相手に対する感情はそれ以上の何かもっと密接な関係に繋がっているのだ。
ハーフ・オブ・イットの意味
ハーフ・オブ・イットという原題は、実は「おもしろいのはこれから」という日本語タイトルとは少々違う。Half of itは、プラトンの「饗宴」に見られる言葉なのだ。ギリシャの神によりふたつに引き裂かれた人間の魂は、その失われた片方の魂を求めることに人生を捧げるというプラトンの哲学では、その「失われた片方」をハーフ・オブ・イットと呼ぶ。
アスターも魅力的だし、エリーとの関係にほんの少し未来のハッピーエンドを予測させてくれる結末は若々しく新鮮だ。けれど、わたしはこの映画の本当の意義は「失われた片方」を、人種、性格、才能、ジェンダーにかかわらずに発見したエリーとポールの関係にあると思う。
10代の少年少女たちの温かくて悲しくて面白くて寂しくて楽しくて最後には泣ける話だ。
Netflixで「ティーン向け」と書いてあると、なんとなく「子供っぽいかな」と避けていたが、現代の高校生たちの新鮮で美しい一面を見せてくれたこの映画には、ずいぶんと心を打たれてしまった(つまり2回も観たということだが)。